杉の「国の特別天然記念物」は全国で49本もある。昭和63年の環境庁の調査では、兵庫県八鹿町の妙見名草神社の杉が高さ72mで日本一の高さである。また平成12年の同調査では全国で巨樹は550種、644,799本あり、そのうち杉は14,869本あり、2位のケヤキ8,538本を大きく引き離している。
巨樹として有名な縄文杉が昭和42年に発見される前には、日本最大の杉と言われていたのが高知県の「杉の大杉」である。数年前に訪問したが、美空ひばりが、子供の頃この杉に「日本一の歌手になれるように」と願をかけたことが有名で完全に観光化されている。杉を見るのに入場料が必要なことにも驚いたが、父のアルバムにある馬の写真が発券事務所にあったので、びっくりしていまった。映画「あの丘越えて(昭和26年・松竹)」に当時父が所有していた馬を提供し、美空ひばりと鶴田浩二が仲良く乗った写真だった。
昔から全国に群生し、既に弥生時代には生活に必要な資材であった。登呂遺跡からは住居、農具、土木資材に使われた跡が発掘され、約8haの水田の畦や水路には何万枚も木矢板(もくやいた)として利用されていた。
たいした切断道具もない時代からこのように利用されてきたのは、材料として加工しやすくて、木の性質がよいからである。そのため現代まであらゆる用途に利用され、西欧の「石の文化」に対して、「木の文化」といわれ、日本の文化を支えてきた木で、まさしく日本を代表する木である。しかし、樹木としては公害に弱く、都市部には残念ながら巨樹というのはあまりない。
材質は心材の耐久性は高いが、辺材は低いので、この部分は外構には使えない。家具、クラフトには柔らかいため不向きであるが、用途は他の木に比べると格段に多い。建築材が一番多く、樽や桶、下駄、割箸、土木用材、ウッドデッキ、土木用の足場板を店舗の内装に使うことも多い。枝葉は線香用に、樹脂は薬用にも利用する。心材に含まれる精油は、木香(きが)といい、防腐効果もあり日本酒に加える。そのため日本酒には酒樽が欠かせず、吉野などはそれで植林が始まったとも言われている。
江戸時代は当時の世界のどの国よりも清潔でエコロジカルであったと最近言われている。他国では太古から近代まで甕を生活に利用してきたが、日本では杉の樽や桶の技術が確立されてから、日本独特の商品となり産業界や風俗習慣に大きな革命をもたらした。
例えば杉の樽や桶は材料を同じように使っているように見えるが、木の性質を考えて、それぞれに用いている。酒・醤油の樽は赤身の板目だけを使い、お櫃(ひつ)や桶などは柾目を使う。これは板目が水を透さないのに対し、柾目は適度に水分を吸わせて外に出させるからである。鮨桶やお櫃ではご飯の水分を適度に吸い取ることによって、米などがしゃきっとしてべとつかない。
樽は食品の遠隔地への輸送も可能にした。また酒樽で興味深いのは育った土地によって異なる杉の性質を利用している。樽の胴体部分は吉野杉が最適で香りも高い。しかし吉野杉ばかりだと、香りが染みすぎて、1週間も経つとまずくなり飲めない。そのため蓋と底は香りの薄い九州の杉を使って、香りの期限を延ばしている。
香りといえば、ウィスキーに杉を使った例もある。サントリーが発売しているウイスキー「座」は、熟成させる樽の鏡(蓋の部分)に杉を使った杉樽原酒をブレンドしている。そのため杉の香りがほのかにあり、日本料理との相性がいいようだ。この世界でも初めての試みに対し、日本生理人類学会の認定する「PAデザイン賞」を受賞している。
奈良東大寺の正倉院にある聖武天皇時代の宝物が千年以上経た現在でも大きな損傷もなく残っていることに驚かされる。その秘密は校倉造りのために木材の収縮膨張によって内部の温度、湿度が一定になるためと学校で学んできた。しかし最近の研究によると、それだけではなく、宝物の収納は容器である古櫃に入れられて、それが杉を利用しているのである。つまり杉の防腐効果もあったからと言われている。
大杉 また、2年前に大阪府環境情報センターは杉が二酸化窒素を吸収すると研究成果を発表した。この性質を利用して道路関係に間伐材などの利用が進むと大阪府は考えている。現実はどうなるかわからないが、あらたな希望である。
毎年春には花粉症が発症する。悩ましいかぎりである。杉花粉が原因のひとつであることは事実であろう。しかし、杉花粉は山のほうが大量に飛んでいるのに、花粉症患者は都会のほうが多いし、はるか昔から植林をしていたのに、このような問題はなかった。そこで原因は花粉単独ではなく、生活慣習や大気汚染も大きく関わっていると思われる。ディーゼル車の排気ガス規制が強化されれば、花粉症も減るかも知れない。
また、杉の間伐をきっちりとすることも、その対策になる。間伐をする事は山を生かし続ける事と、花粉症対策との2つの重要な仕事である。
あたらしき大地 「樹から木までの散歩道」掲載2006年04月