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樹から木までの散歩道

コブシ 辛夷

2004年4月から2008年10月まで、あたらしき大地に掲載されたものです。

切手

徒歩通勤は快適だが、冬は厳しいものがある。耳は痛くなり、手袋はひとつでだめで2枚重ねが必要になる。しかし今年は異常なくらいの暖かさで、一対の手袋だけでも必須だと思ったのは数日だった。これでは各地の農業暦行事は形式だけのものになるだろう。春の行事といえば、はるか昔から日本各地でコブシが咲き出すと春の始まりで、この花の開花は各地で農作業の目安になったり、豊凶を占うことに利用されてきた。
「コブシの花の多い年は豊作」などは各地で似たような言葉がある。「コブシの花が上を向いて咲くと豊作・秋田」 「コブシの花が咲いたら種芋をおこす・栃木」、 「コブシの花が咲くと畑豆をまかねばならぬ・佐渡」、 「コブシの花が咲きだすと味噌仕込む・京都」、「コブシの花が咲くとサツマイモを植える・鹿児島」、など数多くの例がある。
宮沢賢治の童話の中でも『どういうわけか、その年はいつもなら雪が融けると間もなく、まっしろな花をつけるこぶしの樹もまるで咲かず、そしてとうとう秋になりましたが、(省略)みんなでふだん食べる穀物も、一粒もできませんでした。』とある。


コフシの花はある日突然白い花が咲き、1週間ほどで散ってしまう。花にはよい香りがあり、枝にも葉にもあるが、花をもっと愉しみたい木である。花
こぶしの、蕾がふくらむ開花前、申し合わせたように北を向いているので、磁石の木ともいわれている。
よく似た花に、同じモクレン科のタムシバがあり、白い花びらも同じく六枚だが、コブシは写真のように花の根もとに一枚の葉がついているが、タムシバは葉がないので区別できる。上の国定公園切手は旧郵政省の発表ではコブシとなっているが、タムシバの間違いで、めずらしいエラー切手になるだろう。


コブシは日本特有で学名にもコブスと命名されている。北海道から九州の山地にだけで目にされたものが、今は公園、庭木や街路樹でもよく植えられ、通勤途中でも見かける。コブシの語源は拳で、つぼみの形が似ているというのと、秋に熟した実の形が、幼児の拳のように見える、の二説がある。 
辛夷と書くのは誤りであると多くの植物・樹木書籍に書かれている。しかし、パソコンの変換でも出てくるし、多くの書物にも昔から利用されていて、もう歴史的に見てもOKを出してよいのではないだろうか。辛夷の本来の意味はモクレンだそうだ。

実
木材は灰白色から黄灰色でホオノキに似ているが、ホオノキに比べ少し硬く刃切れは悪い。小物の器具材、玩具、漆器素地、薪炭材に使用する。皮付丸太の小丸太はその趣をいかして茶室の床柱、軒タル木等に使われる。


木材業界人の私は30歳まではコブシとは小節の事を指していると思い込んでいた。クラフトのビジネスを始めた時に木工作家の作品で始めてコブシの木を触った。そのくらい木材としてはあまり話題にならなかった。造園樹木、蕾を民間薬、農業暦の目安、文学などの方が話題にあがる。
文学では最近の作家にまでよく取りあげられている。私が読んだ新潮文庫では比較的木材業界に近い、小塩節、青木玉、早川謙之輔、岡田喜秋さんなど、一般では井上靖、宮沢賢治、藤沢周平などがある。
昨年は藤沢周平没後10周年ということで、本屋さんにも多くの本が並んだ、歴史物に興味がなくても読みやすいので数冊を読んだ。「闇の梯子」では金に困りコブシの木を伐る回想場面があり、この樹のやるせないイメージと重なりあう。
宮沢賢治の童話には先の例以外にも、樹木がよく登場するので、材木屋としては読んでおかねばならないだろう。『マグノリアの木』では「マグノリアの木は寂静(じゃくじょう)です」や、『なめとこ山の熊』では熊の親子の会話で「ひきざくら」がでてくる、これらはコブシのことである。『こぶしの花咲き』では標準名ででてくる、内容に合わせて呼び名を変えている。花


コブシの大木が満開になると、遠目には雪が積ったようで、木全体が真っ白におおわれる。それで攻めてくる敵兵の旗と勘違いした悲劇の話もある。壇の浦で破れた平家の落武者たちが、熊本の山奥に逃げ隠れたが、早春のある日、突然まわりの山々に源氏の白旗が迫り、囲まれているのを見て、観念し全員自決した。白旗に見えたのはコブシの花であった。この花は清純と凛とした美しさの中にもどこか悲哀を感じさせるので、この話は後の作話かも知れない。
コブシの白い花はまだ晩霜の前に咲き出すので、時には霜に打たれて、花弁を痛め美しい花姿を一朝にして変えてしまうこともある。愉しむ日数は決して長くない。しかし、私がコブシを好きな理由は松崎直枝さんの『草木有情』や、『趣味の樹木』の中で気持ちを代弁してくれている。
「世に魁(さきがけ)して思わぬ妨げに遇うのは、ひとりこの花ばかりではない。先見の士は時に世に受け入れられず、聖者も棺を負うて後にようやくその説を認められるのが人の世の常でもあれば、霜に打たれて昨日の姿を失うのも、花の世のつれなき習いであろう。」
と、早春にさきがけて咲くコブシの勇気をたたえている。

あたらしき大地 「樹から木までの散歩道」掲載2007年04月

コブシ 写真上 栗駒山とコブシの花、木地山人形 1972年6月発行
写真中 写真下   通勤途中のコブシ 花3月 実10月

写真の説明(上から順に)

1.  栗駒山とコブシの花、木地山人形 1972年6月発行  

2.  花  3月

3.  実  10月

4.  花  3月